地味な日常心霊体験小咄01【不動産屋も入りたがらない部屋】
かなり昔、私がまだ10代の頃。
自分には除霊などの能力など無く、ただ霊を感じる事が出来るだけの「霊感者」だと思っていた時期の話だ。
その時の私は、実家から出てアパート暮らしをしようと思って、賃貸の部屋を色々探していた。
うちの家系の人間は、総じて霊感が強いから、霊の多い物件にはとても住めない。
霊感が強いというのは、ある意味霊アレルギーとか霊過敏症に近いと、私は思う。…不便が多くて、非常に面倒臭い体質である。
なので物件探しの際はいつも、アレルギーの出辛い部屋を見定める為に、霊感アンテナをフル活用して、霊的雰囲気の良い物件を霊査(霊感や霊能力を使って調査を行うこと)するのだ。
その日は、Eという大手の不動産会社へ足を運んだ。
接客してくれた係の方(年配の女性)に、私の希望の条件を細かく伝える。
「あ、あと一つ条件がありまして。
私は霊感が強いんで、悪霊が居るところはパスです」
私の言葉に、係の女性は一瞬驚いた顔をした。
「そうなんですね。
それは、ご自身でお分かりになるものなのですか?」
「はい。なので申し訳ないですが、無理だなと思ったらハッキリ言いますね」
係の女性はにっこりと笑って、承知しましたと言ってくれた。
不動産屋で働いた事のある人や、不動産業界に詳しい方なら知っているかもしれないが、不動産に関わる人間は、こうした話に耐性がある(信じる・信じないは別として)場合が多い。
多くの物件を取り扱った経験があればあるほど、「そっちの世界」の存在をむやみに否定出来なくなるような不可思議な話を、沢山耳にするからだ。
よくある心霊系の話の中には、「霊なんて馬鹿馬鹿しい」と笑い飛ばす不動産屋が描かれている事も多いが、そんな対応をする人の方が実は少ない。
恐らくこの女性も、耐性があるクチなのだろう。私はそう思った。
…まぁ、単にお客様の機嫌を損ねないよう、話を合わせてくれた可能性もあるが。
係の女性は、私の希望条件に合った物件を検索してくれたが、
「うーん…。ご希望の条件では、なかなか難しいです…」
と、申し訳無さそうに言った。
「正直、全然オススメは出来ないんですけど…これしか無くて…」
歯切れの悪い感じで、ひとつの物件の資料をプリントアウトして渡してくれる。
…築年数が古くてボロいのは、まあ良いとして。霊的雰囲気が悪過ぎる。めっちゃ霊が居そうな気配がする。
「確かに、気乗りはしませんね。
でもまぁ、資料だけ見るのと実物を見るのとでは、全然違うって事もありますし。念の為に内覧をお願いしても良いですか?」
私は、敢えてそう言った。
霊的なものというのは、話に聞くだけ・資料を見るだけで、全てが分かると思ってはならない。
霊感とは所詮、個人の感覚でしか無いのだから、出来るだけ現実的な行動を取った上で、自分の感覚との整合性をはかっていくべきだと、私は思っている。
自分の感覚を過信し過ぎると、自らの霊感に振り回され、思わぬ落とし穴に落ちたり、逆に良いチャンスを逃す事もあるのだ。
「本当にオススメ出来ませんけど、それでも宜しければ」
係の女性は、そう言って車を出してくれた。
案内されたアパートは、思った通り全体的に雰囲気が悪かった。
霊的雰囲気も良くないし、何と言うか…治安が悪そうな、入居者同士の人間関係がギスギスしていそうな、暗くてケンのある雰囲気が漂っている。
(…これは、性質の悪い霊が入れ替わり立ち替わり入り込んで来るアパートだな。
霊的雰囲気の悪い地域って、犯罪発生率とか火災発生の頻度とかが多いし、住民同士のトラブルも多いし、自○する人や不審死する人も多いんだよなぁ…)
「如何…されますか?」
車内からそのアパートを眺めながら、頭の中であれこれグルグルと考えて暫く無言になってしまった私に、係の女性は遠慮がちに声を掛ける。
「いや、まぁ…うん。せっかく此処まで来て頂いたので、内覧して行こうかな…」
係の女性は、私に言われるままに内覧の準備を始めた。
私たちは車から出て、アパートの外階段を昇り、目的の部屋である202号室へと向かう。
…ザワザワと、変な胸騒ぎを覚える。
多分、何か良くないモノに近付いて行ってる。そんな気がする。
「此方です」
202号室の前に着き、係の女性はカチャリとドアの鍵を開け…そして何故か、扉を開けずに私の後ろにサッと下がった。
「どうぞ、お入り下さい」
心無しか、何かに怯えているように見える。
不動産の案内をしてくれる人というのは、部屋の鍵を開けた後は、自分が先に部屋の中に入ってから客を招き入れる場合が多いように思うんだけど…人によるのか?
「…はい」
すこぶる嫌な予感がするが、此処まで来たんだし見るだけ見てみるかと思い、私はドアノブに手を掛ける。
その瞬間、私の脳裏にとある映像が飛び込んで来た。
ドアを開けるとすぐ、古びた台所がある。
その先には襖があり、襖の向こうには暗い和室が。
和室には布団が敷いてあり、その上に男が立っている。
40代半ばくらいの、作業衣を着たガタイの良い男。
俯き加減で寂しそうに、羨ましそうに、私の方を見ている。
『もっと、生きたかった』
『こんな死に方は嫌だった』
『もっと幸せになりたかった』
『惨めな人生だった』
『ひとりは寂しい』
『生きている人が羨ましい』
『もう一度やり直したい』
そんな感情も一緒に凝縮された死者の情報が、一瞬で私の頭に流れ込んで来た。
ああ、この部屋で病死した男性の地縛霊だ。
入居した人に憑く気、マンマンじゃん。
そう悟った私はドアを開けずに、ドアノブから手を離した。
「すみません、やっぱやめます」
「は、はいぃいぃっ!!」
係の女性は、悲鳴に近い声で返事をすると、飛ぶような勢いで真っ先に階段を駆け降りて行った。
車に飛び乗った女性の後に続いて、私も車に乗る。
「40代男性の孤独死、ですか」
私が呟くと、係の女性の背中がギクリと強張った。
「……やはり、お分かりになるんですね」
「事故物件ってことは、お客さんに先に伝えちゃダメだと会社から指示されてるんですね」
「…はい、申し訳ございません…」
運転しながら、心底すまなそうに謝る係の女性。
「いや、貴女は会社の指示通りに接客してくれただけなので、何も悪くないですよ。
気が引けたでしょう、あの物件へ私を案内するの。無理言っちゃってすみませんでした」
「いえ、そんな…とんでもございません。取り乱してしまって申し訳ありませんでした」
…店に戻るまで、何とも言えない気まずい空気が車中に流れていた。
「では、どう致しましょうか?
条件を変更して、他の物件もご覧になりますか?」
店に戻った後、気を取り直してそう言ってくれた係の女性は、隠そうとはしているが相当疲弊してしまっているのが目に見えて分かる。
「いえ、後日改めてお伺いしますので、その際はまた宜しくお願いします」
これ以上付き合わせるのも申し訳ないと思い、その日はそれで店を後にした。
不動産屋の従業員は、自社が取り扱っている物件であれば、どんなに凄惨な事故物件だろうと、どんなに気味が悪く感じる物件だろうと、客に必要とされれば案内せざるを得ない。
「あの物件は怖いから、案内したくないです!」…なんて、会社の人にも客にも言えないだろう。
『感覚と現実の双方を大切にする』という私のポリシーが、間違っているとは思わないが…よもや、こんなに怖がらせてしまうとは思っていなかった。
私も若くて未熟だったので、なおさら配慮が出来なかったのだ。
とは言え、あの時の係の女性には申し訳無い事をしたなぁと、今でも思っている。
※この話は実話ですが、個人情報保護の為に多少のフェイクを入れています。
※Twitterの、不動産屋さんの怪談/語り手ユリ 様(@fudousan_yuri)へ提供させて頂いたお話です。
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