地味な日常心霊体験小咄03【押し入れ一面の呪い】
これは、私の両親が体験した話だ。
私が生まれたばかりの頃、両親はS県に一戸建てを購入した。
その家には私が2歳になるまで暮らし、その後は父の仕事の都合で、私たち一家はF県へと引っ越した。
F県に住んでいる間、S県の一戸建ては貸家にしていた。
温泉地のすぐ近くの家なので、温泉好きの方に好評で、店子には事欠かなかったらしい。
そんな某日。
父のところに、新しく入居予定の店子から電話が掛かってきた。
「大家さん、何なんですかあれは!あんな状態じゃ入居なんて出来ませんよ!」
酷く憤慨している様子の店子に、父は何があったのかと尋ねた。
「ああ……。大家さんは、家の状態についてご存じ無いんですか」
こちらが事情を知らない事を理解した店子は、怒りを鎮めて口調を和らげ、そして家の状態について詳しく説明をした。
店子の説明を聞いた父と母は、慌ててS県へとすっ飛んで行き、家の状態を直接確認した。
…すると、店子が電話口で説明した通り、
和室の押し入れの中には、
無数のマチ針が、
びっしりと突き刺さっていたのだ。
押し入れの床から、棚板から、壁から、天井に至るまで。
くまなくびっしりと、丸くて赤い頭のマチ針が、大量に突き刺さっている。
「何なの、これ………」
父と母はその光景を見て、しばし茫然とその場に立ち尽くしてしまったそうだ。
たかがマチ針。…しかしその光景は、あまりにも異常すぎたという。
前の店子が退去した後に、リフォームや清掃の業者はキチンと入れた。
しかし、誤って押し入れをスルーされてしまったのか、はたまた気味が悪過ぎるあまり、手を付けずに作業を終えられてしまったのかは、定かではない。
(恐らく後者だろうと、私は思っている。
下手にマチ針を抜いて、自分が呪われたらどうしようと思って、怖くて触れないのは無理もない…)
父と母は、自らの手でマチ針を一本一本丁寧に抜き、急いで押し入れをリフォームしてから、新しい店子に部屋を引き渡した。
そんな気持ちの悪い出来事があったにもかかわらず、店子は快く家を借りてくれたそうだ。
「…あれは多分、呪いだと思うのよね」
私が小学校の高学年になった頃に、この出来事を話してくれた母は、そうポツリと呟いた。
私は幼いながらに、母の言う通り呪いなだろうなと思ったし、大人になって霊能者を生業とするようになった今も、やはりそう思う。
呪われていたのは、大家である私たち一家…ではなく、赤の他人だという事も何となく分かる。
暗くて狭い押し入れの中。
当時の店子は、一体誰の事を思いながら、何を願いながら、どんな表情で、押し入れの中にマチ針を刺していたのだろうか。
想像するだけで、背筋に冷たいものが走る。
……ただ、これだけは声を大にして言いたい。
人から借りている家で、変な呪術を…特に家を傷付けるようなモノを使うのはやめましょう、と。
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